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第40回 あごうさとし 「触覚の宮殿」2019.7.28 Theatre E9 Kyoto  

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あごうさとし氏の祖先は朝鮮半島から渡来し、後に鎌倉幕府を生きた三善康信という公家となった。源頼朝の乳母を務めた女性を伯母に持つ康信は、生涯にわたり頼朝と交流があったという。この物語は、13世紀を生きた康信と現在を生きる作者、あごうさとし氏の想起、連想が絡み、重なり、入れ替わるように進んで行く。理性に司られる記憶以上に、情動を契機に触覚や視覚、聴覚が捉えた温もりや違和感が時間や場所、世界を交錯しながら構成されていた。

身体を縄で拘束された俳優が担ぎ込まれ、舞台が始まる。磔刑に処されるキリストを連想させる姿は、身動きが取れずされるがままの状態だ。それだけに、より鋭利に敏感に研ぎ澄まされる感覚と緊張を有するものであることを、観る者にまで及ぼしている。
康信と作者の物語は、ひとりの俳優が時に頼朝として、時に康信、そして作者となり、それら役の全てを担う。寄り添う女優は時に乳母であり、ナイフで胸を突く処刑執行人であり、時に安らぎを、時に痛みを与える。物語は感覚を媒体に進んで行く。乳母に抱かれ授乳される頼朝の安らぎや、作者が香港在住時代にイギリス人の英語教師からアメリカ英語の発音に対し「正しくない」と叱責され正された違和感が表現される。舞台が視覚的に想起されるのはキリストの物語、聖母(乳母)であり、磔刑に処され胸を突かれるキリスト、ヨハネから洗礼を受けるキリスト、寄り添う女は泣き崩れるマグダラのマリアであり、洗礼者ヨハネの首を乞うサロメである。したたり落ちる血液は白い乳のようであり、俳優がもがき身体をくねらせ舞う動きとともに、液体は真っ黒な床に白い跡を残して行く。時間が空間に痕跡を残す。

あごうさとし作品に一貫して試みられる観客と演者の境がここでもまた取り払われるのは、観客をいつのまにか物語に参加、介入させるかつての手法とは異なり、あたかもインプロビゼーションのライブ演奏のように演者と観客が相互に刺激され干渉されながら呼応し、感覚器官を響かせているような形相になって行くことにあるように感じる。縄で拘束された俳優同様、観客もまた観るという行為を通し無抵抗で、無防備な状態に置かれている。
しかしあたかもインプロビゼーションと言ったのは、作品は全く計算された私が知るあごう作品の中でも最も完成度の高い作品であるからだ。物語を区切る拍子木の音、語り部の抑揚、リズム、俳優の動きと女のうた声の強弱、散りばめられた情動の記憶の小片は、パズルのピースのように一つのビジョンを完成させて行く。
鎌倉時代、為政者頼朝の折に関白に上りつめた九条兼実の邸宅が、あごう氏が設立した「Theatre E9 Kyoto」の同地区にあったことの偶然以上に、土地の力を呼び起こす契機がこの作品にあるのではないか。

「Theatre E9 Kyoto」の土地から思い起こされた先祖、そこから連想した康信が見たであろう物語が感覚的に捉えられる。痛覚、触覚、視覚を通し表現されるものを見ることにより、その感覚をともなって作者が感じた情動、その刺激が感情を思い起こし、香港時代のエピソードが想起されたのではないか。
感覚から情動を経てダンスに至るシーンと同様に、感覚から情動を経て、感情へ、そして理性、意思決定に至る。
「おのれが欲するところを人に施せ」という聖書のことばが大きな矛盾を孕んでいるように、「理性は感情にまさる」といった西洋一般の考えを、ジョン・ケージは極めて理性的な西洋的方法で解体してみせた。

そのケージ以降の感触を持つ音楽や反復からこの劇は始まり、変形した和声のラモーで終わった。
元来silenceや間の感覚を受け入れる情動を持っているはずの日本人が、ジョン・ケージに言葉でその事を語られると不思議に感じたり、奇妙に感じられるのはなぜだろうか。
アフタートークで仲正昌樹氏が何かを思いたって、突然、衣服を脱いだ。それが原因かどうかは定かではないけれど、後方にいた観客数名が退席し出て行った。ジョン・ケージの「ケージ25周年回顧コンサート」のLPには聴衆の不平、非難の声が録音されている。
この日の幕を閉じたのは、仲正昌樹氏だった。

以下「意識と自己」アントニオ・ダマシオ 田中三彦訳 講談社学術文庫から引用
「情動は、一つのパターンを形成する一連の複雑な化学的、神経的反応である。」
「情動は生物学的に決定されるプロセスであり、長い進化によって定着した、生得的にセットされた脳の諸装置に依存している。」
「情動を生み出すこれらの装置は、脳幹のレベルからはじまって上位の脳へと昇っていく、かなり範囲の限定されたさまざまな皮質下部位にある。これらの装置は、身体状態の調節と表象を担う一連の構造の一部でもある。」
「そのすべての装置が、意識的熟考なしに自動的に作動する。」
「すべての情動は身体を劇場として使っているが、情動はまた多数の脳回路の作動様式にも影響を与える。すなわち、様々な情動反応が身体風景と脳の風景の双方に変化をもたらす。これら一連の変化が、最終的に感情になるニューラル・パターンの基盤を構成している。」

https://askyoto.or.jp/e9/ticket/e9ag0725

症状の事例

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  2. SAD 社会不安障害・社交不安障害
  3. IBS 過敏性腸症候群
  4. パニック障害