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第6回 臆病なウサギたちの挑戦2

 "臆病なウサギ"は不安を抱くからこそ身にふりかかりそうな危険を回避でき、また弱さを自覚しているからこそ互いに助け合いながら生き延びる術を見つけてきた。この進化生物学的な洞察を人間社会において当てはめてみるならば、個人に生き方の枠を社会的、経済的に与えていた「大きな物語」が終焉した時代(いわゆる「ポストモダン」)は、やはり何が起こるかわからない「キツネの多い環境」とみなせるだろう。それにもかかわらず、名ばかりの権威や安定を求め、実りのない競争に駆り立てられている"大胆なウサギ"は、例えるなら穴があいて沈みゆく巨大な船の上で、水面にまだ浸かっていない船首を目指し傾いた船体を駆け上るラットのごとく描写できる。(おそらくその過程で何匹ものラットを"大胆に"蹴落としていることだろう。)だが本当に賢明な選択とは小舟を浮かべて乗り移るような脱出を指し、ぼくは"臆病なウサギ"たちこそ、情動や共感に根ざした利他性を発揮して自分たちの船を作り上げ、新しい時代へ向けた航海ができると思っている。

 その発想が決して文学的な地平にとどまるものではないことを、菩提寺医師から読むように渡されたある論文から知ることとなった。定藤規弘『社会脳研究における人文科学・脳科学・精神医学の連帯――接点としてのイメージング研究――』という論文だ。ここでは現在集積しつつある脳科学領域の膨大な知見と"人間の"発達心理学(個人と環境の相互作用を研究する学問である心理学に、発達という時間軸が加わったもの)を結びつけるために、fMRIなど非侵襲的な脳機能画像法を用いて社会性の神経基盤を明らかにし、人間の社会的行動をも解明しようとしている。そしてその際、脳科学と人文科学、精神医学を繋ぐ「社会脳」という概念が打ち出されている。さっそくこのアプローチを羅針盤として使用しながら、利他性について考えていきたい。

 本論文はまず「ヒトの社会は、遺伝的に無関係な個体の間での役割分担と共同により成立している。他者を利するための自発的な行為(向社会行動・利他主義)がその本質である」と把握している。これは第4回で考察した「クラフト」の意義を改めて強調するものであり、人と人との間に生まれる仕事を媒介にして共存を図っていこうとする試みは、どうやら人間の社会の本質を突いているようだ。「この向社会行動はヒト固有の脳機能に由来すると考えられる一方で、生物としてのヒトには、他の生物と共通な、個体保存を目的とする利己的な行動原理が存在する。」

 よく「利己的な遺伝子」とは言ったものだが、確かに遺伝子に基づく進化論的モデルでは利他主義の獲得は説明できないとされ、文化の共存的な進化やヒトの神経基盤および発達過程などを調べることが必須だと述べられている。「ヒトの向社会行動の発達においては、行動にいたるまでの認知・情動を切り離して考えることはできない。従来、ヒトの向社会行動は、他者視点取得と共感により説明されてきた。」

 ここで「情動」の重要性に出くわす。前回から感情を理性の"劣等機能"とする見方に異議を唱え続けているわけだが、その延長で話を広げていきたい。他者の思考や視点を理解する能力は広義の「心の理論」(mentalizing)と呼ばれ、「共感」とは他者の置かれている状況を認知して同じ方向の感情を共有すること(代理的情動反応)とする。実は経済的自由主義の祖と思われているアダム・スミスも「神の見えざる手」だけに頼っていたのではなく、他者の貧困や不幸をわが身のように感じ入る「共感(sympathy)」に社会秩序の維持をかけていた。(スミスは有名な『国富論』の前に『道徳感情論』を著している。)人間は存在としては利己的だが、他者に共感する。この能力への信頼を抜きにして"自由放任"の体系を築くことはなかった。また本論文にはそれと軌を一にするかのようにこんな一文がある。「発達心理学的には、共感を元にした援助の主要な目的は、犠牲者の苦痛を和らげることから、共感的苦痛の回避が状況に際しての内因的動機であると説明されている。」

 この「心の理論」の神経基盤はfMRIでよく研究されている。共感の神経基盤としてはmirror neuron systemおよび辺縁系の関与が示されてきたが(これが巷間で取りざたされる「ミラーニューロン」である)、まだ反証に耐えうる科学的な根拠は備えておらず、少なくとも今の段階でこの知見を「利他性」のベースにするには早すぎるようだ。

 一方で、本論文はこの間隙を埋めるように違った方向に進んでいく。そしてここからが面白い。「ヒトの向社会行動の発達においては、共感が必要であるが、必ずしも十分ではないとされている。社会交換理論によると、利他行動も、社会報酬を最大にするような行動として選択されるのであり、同一の枠組みで説明できるとしている。」これは前回トロブリアンド諸島の「クラ交易」を例に出して説明した文化人類学の研究などを思い起こせばわかりやすく、そこでは威信を賭けて与え合う交換(贈与経済)が社会全体を利するように働いていた。この種の行為を脳の活動として調べてみると、どうなるだろうか。

 「実際、他者からの良い評判という社会報酬と金銭報酬は、共に得られることによって報酬系として知られる線条体を賦活することが明らかにされた。さらに、他者からの良い評判は、寄付という利他行為の動機を増強し、その際、線条体の活動が増加することが明らかとなった。」

 同じような事実を指摘している書籍として村井俊哉『人の気持ちがわかる脳』の議論も引きたい。fMRI装置のなかに被験者を入れ、寄付行為の実験を通して損得にかかわる選択をさせる。その際に働く脳の部位を観察してみたところ、脳科学的には線条体の活動から「お金」「賞賛」と同じく「無償の利他行為の喜び」も"報酬的"に営まれていることが判明した。つまり、利他的な行動は単に道徳的な規律で生まれてくるものではなく、それ自体が快感をもたらすように出来ているのだ。

 さらに、お金や賞賛の受け取りには反応せず、純粋な寄付(自己犠牲)のみに活動する場所は膝下部という領域だった。ここは「オキシトシン」を分泌する視床下部の機能を調整するところだ。このホルモンは社会的結びつきや協調性を高める物質として知られており、ぼくたちの利他性・協調性を高めるように方向づけている。まさに「社会脳」と呼ぶべきところが人間にはあり、以上のことから社会的報酬には「線条体を含む報酬系」と「心の理論の神経基盤」の相互が関与し合っていることがうかがえる。

 「利他性の基盤」が示されてきたところで、最後にこの二回に続くエッセイが始まるきっかけとなった野村総一郎『うつ病の真実』に戻ってみよう。ようやくそのタイトルについて振り返るべきときがきた。いまや不安感が個体を生かすであろうことは想像に難くないが、「うつ」は気力も行動力も低下してしまい、なにも個体的にメリットはないようにみえる。だが本書では「ユウウツ感情」に関してこのような展望が開かれている。ユウウツはそれまでの自分の生き方を再確認する原動力となり、新しい認知と行動を生み出すための期間と位置づけられる。そしてその状態は"周囲にいる個体の共感と利他的行動を誘発しやすくなる"のだと。つまり「ユウウツ感情」はキツネに囲まれた世の中で「新たな生き方を導き」「争いを避け」「周囲の援助を引き出す」ことに適合し、個体の生き残りに必要な反応の一つとして浮かび上がってくる。そう、ユウウツという感情からは、ここまでずっと追い求めてきた「他者」の姿が見えてくる。互いに孤立して生きていた個体同士に交流の橋が架けられる可能性、それが「ユウウツ感情」にあるのなら、これからは「共感」や「利他性」の概念とともに想起し、その暗いイメージに「社会脳」から導かれる一筋の光を灯していきたい。

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