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第1回 学習性無力的社会の罠

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 「新型うつ」という言葉が流行っている。テレビをつけても、雑誌を読んでも、月に一度くらいは"従来のうつ病には当てはまらない姿で落ち込む若者"のイメージが喧伝されている。多くは困惑する上司の顔とセットになって。
ここでは「新型うつ」についてその実態を解明しようなどとは思わない。自分もこの時代に生きる若者であり、たまに落ち込むこともあるから気になることは気になるのだが、より興味をひかれたのは「新型うつ」に対比させられる「旧型うつ」の存在である。ポストモダンの言葉がモダンを限界まで思考した先に出てくるように、先代の基本的な理解なしに新型の概念を取り扱うことはやや勇み足かと思われる。

 その従来のうつ病を語る切り口も、これまでに世の中では精神分析的、社会学的、あるいは文学的アプローチなど様々な角度から接近が試みられてきた。そのようななかで菩提寺医師から紹介された一冊の文献は、野村総一郎『うつ病の動物モデル』。1984年に出版された本書は、古いことが時代遅れではなく古典に位置づけられることを示す良い例であり、今に比べ情報が限られているぶん、より純粋に基本概念が把握できるようになっている。そして動物実験に基づく考察のため、うつ病を雲のように包んでいた思弁の膜(「新型うつ」という用語もその一つだろう)がなく、クリアな視界をもってうつ病をのぞき込める。まさに、「旧型」をおさえる第一歩としてはふさわしい。

 動物モデルを人間の精神に当てはめる際の留意事項は本書に譲るとして、さっそく印象に残ったある実験を載せたい。3匹のラットがそれぞれ箱のなかに置かれている。1匹は電流が通る棒にしっぽを巻きつけられ、1匹は電流棒がつけられているものも電流を制止できるレバーが前方に置かれている。もう1匹はそもそも棒につながれていない。この状態で繰り返し電気を流し、ラットの反応を観察すると、棒が装着されているラットはもちろんショックを受け抵抗をみせる。しかしレバーを倒せば電流が止まるラットは何度もそれをあやつりながら脱出しようとするのに対して、レバーを用意されていないラットはいつしか抵抗を諦め、電流を与えても動かなくなってしまう。あたかも人間のうつ状態のように。

 前者のラットがレバーを引くことを学習した一方、後者のラットは"自分が状況に対してまったく無力であること"を学習してしまったのだ。これを「学習性無力」といい、脳内の神経伝達物質の減少も確認された。また一度その状態になったラットを電撃ストレスのない環境に戻しても無力のままであったという。ここでは環境的な要素(外因)が、脳内の現象(内因を含む?)に影響を与えた構図もみてとれる。

 この実験が示唆することの一つは、ストレスそのものではなく、ストレスから抜け出すことのできない状況が、人を無力(うつ病)に追い込むということだろう。ここから敷衍して考えれば、ぼくが若者として思うに、社会全体が無力を学習させるような仕組みになっているといえる。卑近な例でいえば、今の就活は平均して50社から100社くらいの企業を受けて回るが、そのどれもに「君は必要ない」と言われ落ち続けたとき、就活生は大きな無力感に苛まれるのではないか。若者は一度「無力漬け」になった後に社会に送り込まれている。(もしかしたら「新型うつ」の"発症"と関係があるかもしれない。)もちろん若者だけでなく、今の時代はどの世代においても「自分が何をやっても変わらない」という閉塞感を抱いていることだろう。先の実験はそんな社会状況と身体の反応(内因を含む)を繋ぐモデルとして認識できなくもない。

 また重要なのは、実は周囲を見渡せばラットにおける「レバー」があるものの、「抜け出せない」という思考によって、うつ状態を招きよせている人もいるだろうということだ。その「レバー」は家族かもしれないし、友人かもしれない。またはくだらない争いから降りるという選択かもしれない。若者でいえば就活しないという選択も魅力的なレバーだ。そしてまた、薬の服用というレバーもある。実験には続きがあり、一度無力を学習しどこに置いても元気をなくしたラットに神経伝達物質を回復させる薬を与えたところ、元の行動様式に戻すことができたのだ。逆に先にその薬を与えてから電気を流しても、無力に陥ることはなかったという結果も出ている。

 会社規模でみても、社会全体でみても、ストレスを与えてくる実体そのものは消すことは難しいが、ストレスから抜け出すためのレバーは想像以上にある。そう思って生きるだけでも、「学習性無力社会」の手にかからないでいられるはずだ。この方向で理解を深めるために、ピーターソン/マイヤー/セリグマン『学習性無力感』や、加藤忠史『動物に「うつ」はあるのか』をいま読み進めている。

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症状の事例

  1. うつ病
  2. SAD 社会不安障害・社交不安障害
  3. IBS 過敏性腸症候群
  4. パニック障害